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製品へ思い   Share foods 北海道  代表 佐藤 公寿

「大雪の恵み」が誕生するまでの経緯

大雪の恵みが誕生するまで
 私は平成7年に10年間勤務していた医薬品卸を退職して直ぐに地元である旭川に帰郷し、兄が経営する調剤薬局に勤務する事になりました。
薬局にご来店される患者様の殆どが糖尿病を含めた生活習慣病を患った方々が多く、日々の食生活は食事制限という厳しい状況であり毎日が我慢という中で患者様は生きているという現実を目の当たりにし、患者様の生の声を何回も何回も聞きました。

私は薬剤師ではなく、あくまで事務職として兄の薬局に来たので服薬指導などは出来ませんが、何かこの方々の為に自分が出来る事はないかと考え、糖尿病、腎臓疾患等をメインにして疾患別の対応食を一つ一つ薬局内に揃えて行き販売して行きました。
そんな中、この対応食の噂が旭川市役所の管理栄養士の方々の耳に入り薬局に見学に来られ、状況を説明していた時に一つの依頼を受けました。

その内容は、旭川市内及び近郊地域では食物アレルギー疾患に関して代替食品を取り扱い食事指導をしてくれる薬局が何処にもないのでこの薬局で行ってもらえないかとの事でした。
医薬品卸で勤務していた関係上、薬の事は分かりますが、その当時は代替食品の事については無知に等しい状況でしたので「時間を下さい」とだけお伝えして実際の食物アレルギーの現状を調査しました。

あまりにも酷い現実を知り、直ぐに代替食品を製造・販売を行っている会社に連絡を執り契約を交わし、必要と思われる商品群を入荷して薬局内に陳列をして販売を開始しました。
この状況については勿論薬局に来店された管理栄養士にも連絡をしましたし、近隣に在る食物アレルギーを専門とする小児科にも訪問して状況を伝えました。

伝えたその日から食物アレルギーのお子様を連れたママ達が沢山薬局にご来店され、陳列しているアイテムの説明を含め食事指導を実施。 私は知識に乏しかったので、毎日図書館へ行って勉強したり、ネット上で情報を検索したりして(当時はWindows3.1)情報を習得して、得た情報を基本に、また不明な点はドクターに確認しながら日々ご来店されるママ達に食事指導、或いは商品説明、アドバイスを行って行きました。 必死でした。

そんな中、赤ちゃんを抱っこしたママが薬局にご来店されました。
医者からかなり厳しい食事制限を宣告されてどうして良いのか分からず途方に暮れた状況でした。 私は一瞬その姿を見て言葉を失いましたが「大丈夫、ずっと傍について私がこの子の食べられる物を探して行きます。だから安心して下さい。」とママに伝えました。

ママはその場で泣き崩れていましたが帰宅される時には笑顔を取り戻して下さいました。

この時点から、私の食物アレルギーとの戦いが始まったと言っても過言では無いです。
食物アレルギーについての食品の販売、食事指導やアドバイスをほぼ毎日食物アレルギー疾患のお子様を育てられている親御さん達に行っている中で、このママから心からの願いを聞きました。

それは、お米だけで作った乾麺が有れば、この子にも色々な?料理を食べさせてあげる事が出来るというもの。

つなぎとなる小麦も各種澱粉も何もかも使用しないでお米だけで乾麺を作るというほぼ無理ではないかと言ってしまう程の願いでした。
しかし私はこのママと約束を交わしていましたので「かなり厳しい内容ですし、正直かなりの時間を要するとは考えますし、ひょっとしたら無理かもしれないけどやってみます。」と約束をしました。

全国の製麺会社へ数え切れない程電話をして交渉を行い、行ける場所にある製麺会社には直接行って工場長との交渉を重ねました。
手掛けて下さる製麺会社を二社見付け、試作を何度も繰り返しましたが、麺は出来ても茹でると必ず折れてしまう、そんな事の繰り返しを気が遠くなるくらい続けて行きました。

その試作をして下さった製麺会社から「無理」という絶対に聞きたくはない言葉を言われましたが、私は諦めず必ず交わした約束は守ると思い、どうしたら乾麺が出来るのか、どの会社だったら乾麺を作る事が出来るのか、毎日考え企業に交渉を重ね続け、群馬県に在る企業様を見付け、直ぐに電話をして社長様に交渉を行い、実際に群馬県まで行く約束を交わし「御社の技術力なら必ずお米100%の乾麺を作り上げる事が出来る」と社長室で土下座をしながら直談判。
社長様から了解を執り、数か月後にお米100%でつなぎを一切使用しない乾麺が完成しました。

それが「大雪の恵み」です。

パッケージにはこの乾麺で食卓に素敵な笑顔が生まれて欲しいという願いから「北の願い」という文言も加えました。
商品が薬局に届き、直ぐに約束を交わしたママのご自宅へ向かい商品を手渡し「完成しました。」と報告を致しました。
今でも忘れません、あの時にママが流して下さった素敵な涙の事は。
この「大雪の恵み」を製品化するに当たり、初めから私と共に行動して下さってくれた方が居ます。
この乾麺の原材料となる「ゆきひかり米」の生産者である市川農場の社長様です。
この方がずっと共に行動してくれたからこそ製品化まで辿り着けたと私は考えており、足を向けて寝れない程感謝しています。

病院・医院、調剤薬局で働く全ての方々は、日々患者様の事を思い全力で患者様を守る為にご尽力されています。
本当に頭が下がる思いです。

そして「お大事にどうぞ」と心を込めた言葉で送り出して下さっています。
私も以前はその一人でした。 でも、私は患者様の背中を見る度にいつも感じていました。
この人たちは、この薬局を出た瞬間から毎日毎日続く過酷な食事制限との戦いが始まるんだなって。

医者でも薬剤師でもない自分がこの患者様たちの為にずっと継続して行ける事は何かを考え、自分は「食」を通じ、「食」に特化してこの人たちを守って行こう、 この人たちの食卓に笑顔を生んで行く為に決して諦めず自分に出来る最大限の努力を重ねて行こうと覚悟しました。

今の自分が在るのは出会ってきた患者様と約束を交わしたママと生きるパワーを 見せてくれたちっちゃくて可愛い命、そしてずっと傍に居て支え続けて来てくれた 市川農場の市川範之社長様のお陰です。

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